刀装具の観賞(『刀和』2005年4月号)

古甲冑師 「花紋(唐花)透かし」 鐔

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百花の春の到来だ。この花は土岐桔梗の紋に似ているが少し違う。何の花かわからないのは残念だが、他にも同じ花柄を透かした鐔が現存しているから古人は花名を認識していたと思う。

(注)花は唐花と言われているものでいいのかなと思っています。花弁の先がこちらは尖っていて、また花心も少し違うのですが、唐花は架空の花であるが大陸から伝来した花模様として奈良時代から使われています。架空の花ならば、少しの差も許容の範囲かなと考えはじめています。(2012年7月4日追記) 下図は唐花紋。

古甲冑師、古刀匠鐔を鑑賞する場合は地鉄の「薄さ」に注目して欲しい。薄い鉄板に多くの透かしを入れるのは強度の点で問題となり、どうしても透かし紋様は簡単になる。また薄い鉄板だと磨地が基本となるが、そうなると鉄味に変化がつきにくい。

以上の点から、鉄鐔はある程度の厚みがある方が鑑賞面では面白味がある。しかし、このような不利な条件がありながら古甲冑師鐔が魅力を持つのは何故だろうか。それは地鉄は薄くても、時代の古さが磨地の錆色の深みを増してくれるからである。また長い間の使用による手擦れ、朽ちこみが地金に景色を与えてくれるからである。

簡単な透かしは、その分、余情をかき立てられる。この鐔の透かし紋様は簡素どころか花びらが2弁欠けている。これは強度を損なわない為と同時に、我が国に伝わっている「全きは欠けのはじめなり」として、以降の衰運を避ける為にわざと欠落や虫食いを作る思想が影響していると思う。結果として余韻が出ている。

花の透かし自体は手間をかけた透かしではない。花の芯を見てわかるように、キチンと彫ってはいない。売るためには少しでも模様がある方が良いと思った鐔職人が無造作に透かしたのだ。無造作でも手慣れている。「売れるから入れた透かし」とは「買う人に好まれる透かし」ということだ。当時の武士がこの花の図柄を好んだことは間違いがない。良い風景ではないか。この心が現代の我々の心と共振する。

この鐔職人は薄い鉄板の強度を増すために耳を打ち返した。あまりに厚くすると柄を握った手が触れて使い難い。だから幅1_、厚さ3_と細く繊細に打ち返している。細い耳がゆえに、年月によって表裏に欠損している所が出ているが、きりりとした耳の造り込みだ。

「薄さ」という欠点を補う鐔職人の工夫が、結果として芸術的価値を高めている。これが古甲冑師鐔の見所だ。

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