刀装具の観賞(『刀和』2006年3月号)

横谷宗與 「仁王図」縁頭

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 横谷宗與が片切彫り(かたぎりぼり)で表現した仁王の縁頭である。仁王は金剛力士が正しい名前で、口を開けた阿(あ)形と口を閉じた吽(うん)形の二体が山門の左右に鎮座してお寺を守っている。運慶を中心とする慶派仏師の東大寺南大門仁王像は凄いが、刀装具では師父宗aが高彫りした有馬家伝来の小柄、目貫の二所物(重要文化財)が圧巻である。

 宗與は片切彫りで勝負した。片切彫りは片側が垂直に深く、一方が傾斜して浅くなる彫だが、筆のように線の広さに変化がつけられる。宗aが鏨(たがね)を新たに考案したことで、墨絵の雰囲気を刀装具の世界に取り込むのが容易になり、絵の輪郭を描かずに画意を描く没骨(もっこつ)画法(付立(つけたて)技法)も金属の上で表現できるようになった。

 片切彫りの面白さは即興と思えるほどの鏨使いの大胆さにあると思う。彫る時に下絵も描かずに彫るわけではないが、その跡を感じさせないように片切彫りの深浅、広狭で輪郭を感じさせ、しかもなめらかに彫って画意を表現することに良さがあるのだ。

 この縁頭では、たなびく布と躍動感を表現したい肉体という大きい動きに幅の広い片切彫りを用いて没骨画法で効果を出している。一方、眼や鼻、口を形作る線は同じ片切彫りでもそれほど幅広くはしないで深めにくっきりと彫ることで力強さと威圧感を表現している。そこに丸く、深く目玉を打ち込んで生気を入れる。動きの少ない髪の毛、眉毛、髭などは細かい毛彫で細く彫った。その毛彫も、髪は太く、眉毛、髭は長く細く彫るなど変化をつけることで、気概が溢れる顔にしている。仁王は忿怒の形相で寺院に魔物が侵入するのを守るのが役割だ。顔相はこうでなくてはいけない。
  美術品は傷があると価値を損ねるが、この縁頭では手の箇所に目立つ当たり傷があり、本来の線を損なっているのが残念だ。

 地金は通常の四分一より銀を多くした朧銀だが、彫り込んだ線が、よりくっきりと見えて効果的である。名工は地金も吟味している。

縁ー表側 縁ー裏側

 縁(ふち)に彫られている松の木は梢の方だ。山門も屋根の一部が彫られているだけだ。松の木も山門も地上部は描かずに上部空間だけを描いたのは、見上げるほどの仁王の大きさを表現する為と観る。
 

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