１．先人の評

稲葉通龍は、その著書『装剣奇賞』において、次のように長常を紹介している。

「長常　一宮氏、柏屋忠八と称して滅金師の弟子となり。初め雪山と銘して後越前大掾と受領を下され、一に含章子とも号し、京都麩屋町二条下る所に住せり。

此人の彫工の妙なる実に天然といふべし。其の初め笋あるいは土筆蝸牛蛙等の生写のものを好みて人をして目を驚かしめ、次第に彫琢に自由を得て縦横心のままに龍あるいは獅子又は人物など、時に臨み、需に応じて彫出すこと奇々妙々当世の神工というべし。

故に世の賞翫も大かたならず、いはば田毎の月の眺め異なれど、姥捨山のみね高き心もちより出て、其手際の自由に趣の品高きまで、恐らくは其右に出るものあるべからず。あに賞してかつ珍とせざらんや」（桑原羊次郎氏の著書より引用。読みやすく改変、下線筆者）

２．写実重視の風潮を彫金分野で実現

『装剣奇賞』の評を引用する時に、「蝸牛蛙等の写しが得意」と引用されることが多いが、原文は上記のとおりであり、蝸牛（かたつむり）、蛙（かえる）の前に、笋（たけのこ）、土筆（つくし）の彫りも世の中の人を驚かしたのである。

当時、絵画の部門では、同じ京都に写実で名を売った円山応挙が存在している。長常は、このような近代の実証主義的な空気を、彫金分野で反映した作家である。

優れた芸術は時代の空気を先取りするものである。だから大抵は、その時代には恵まれずに死後に名声が高まることになる。しかし応挙、長常は緻密な写実というわかりやすい手法で、時代の空気を先取りした為に、世人に受け入れられて、名声を博するようになった。

私は、このように恵まれたことが、ムラのある作風の一因ではないかと考えている。このことは後述する。

３．作風

目貫は、素銅と四分一で彫ったタケノコの対である。

素銅の方は、その金属色の赤茶を生かして、タケノコの皮を表現している。そこに細かく赤銅で象嵌し、その上を筍の皮のように細かく線彫りしている。肉置きが精妙で、タケノコの皮の重なり具合をうまく表している。

それぞれの皮の先端は四分一を差しているみたいだ。それが少し浮いて、皮のめくれを表している。

筍全体の先端では四分一を芋つぎして彫っている。

この皮は本物のタケノコのように簡単に剥けそうだ。剥いたら白黄の身が出てくる。京都のタケノコは特に美味しい。去年いただいた京都のタケノコの説明書には京都産の筍は灰汁抜きが不要とあった。何が違うのであろう。

タケノコの根の方もしっかり彫っている。赤銅で節に点象嵌して、素銅を段差をつけて彫って将来竹の節になる感じを出している。根は金でしっかり彫っている。たくましい新鮮な生気を感じるタケノコである。

銘は、この根の底に長常（常が定の崩し字のような書体）とある。

四分一の方のタケノコは、細長くカーブをした筍を彫っている。少し成長したタケノコであろうか。あるいは品種が違うであろうか。

ここにも金、素銅、赤銅の細かい象嵌も見られる。少し中が膨らんでいる。皮は本当にいまにも剥けそうであるる。元は金にして、写実を少し離れて、ここに花押を彫ってある。

金属で、このように筍の皮の触感まで出せる長常はうまいと思う。

筍は旬という字にたけかんむりである。文字通り旬に食べるものであろう。京都の筍で４月の中旬からであろうか。

４．長常の作品をめぐる思い出

長常の作品を私が購入したのは、これが２つめである。一つ目の作品は、某書に所載のものであり、それなりのものであったが、今、一つピンと来なかった。

買って、青山氏に持参して見てもらったら、「伊藤さん、違うんじゃないの？」とのことであった。確か特別貴重もついていた。

一晩枕元に置いて見たが、自分でも「違うな」と感じて、翌日に返品に伺う。

皆様も使われた口実かもしれないが、「妻に見せたら、この図柄が気にいらないとのことで、別のものに交換して欲しい」と言って、刀屋さんのお気持ちも考えた。たまたま、この刀屋さんには、何点か良いものがあり、柳川直光の出来の良い金目貫と差額を払って交換してもらった。

さらに余談は続くが、この目貫をセットして三所物にした所有者は、重要刀装具に申請して、合格しており、この話は関係者全てがハッピーとなっている。

５．長常の作品の質のバラツキについて

長常の作品は、良いものからそうでないものまで幅が大きいような気がする。

友人の審査員をやっている人は「出来の悪いのは、結局は偽物ではないか？」と言っており、これも一理あるが、銘を見ると、どうしても本物と思える。前述した私が交換した長常も、偽物とは言いかねる所がある。

彫りという技術面から見たら凄い作品もあるが、芸術的な感興をもたらすかどうかという面では、”やりすぎ”との思いを持つものが多い。

自分が所有しているから言うわけではないが、私は、初期作の世人を驚かしたタケノコ、ツクシ、カタツムリ、カエルなどに名作が多いような気がして、好みである。

６．一宮長常下絵帳について

一宮長常下絵帳が、三宅氏の加納夏雄の本の一部として公開されたのは嬉しい。

調べてみたが、このタケノコの目貫と同図は、下絵帳には掲載されていない。

ただ同種のもの、表目貫は私のとほぼ同じで、裏目貫が違うとか、逆に裏目貫が同じで、表目貫が違うものはある。

下絵帳が全てであると考えると、私のは偽物となるか、片目貫づつの合わせ目貫となるが、他の有名で、できの良い長常の作品の中にも掲載されていないものがあり、下絵帳が全てであるとは言えないようである。

しかし、この下絵帳の絵は、これが長常だという魅力的なものが多い。

まだ私の目に触れていない名品があるのであろう。