後藤徳乗「馬具図」小柄


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「紋徳乗」として、図柄の彫りは五代徳乗であると、十五代の光美が極めた小柄である。

1.図の説明

様々な馬具が彫られている。中央には銀で菊花紋の装飾がある轡(くつわ)を彫ってある。その下に手綱というより引き綱をたくさんとぐろを巻かせて彫り、右には馬櫛を彫ってある。

その下には鞭であろうか、3種類の棒状のものがある。左下のは鞭だと思うが、他は鞭にしては太いように感じる。別の馬具であろうか。なお、右にある鞭と左に2本出ている鞭はつながっておらずに、それぞれが別だと思うが、この関係もはっきりとはわからない。

2.鑑賞

堂々とした彫りである。そしてダイナミックである。

美術品は何でもそうであるが、芸術的価値が高い名品は「うまい」「上手」「よく描けている」「よく彫れている」などの感想ではなく、むしろ「驚き」「感動」をもたらす

どうですか、この作品には「驚き」が感じませんか?
では、どのような点に驚きがあるのだろうか、自分なりに列挙してみた。

●非常に細かく彫っているにもかかわらず、繊細な印象はせずに、むしろ逞しい印象を持つ彫りである。
 
轡の円環、菊花模様、轡の一部を構成しているハミ、ミズキの棒状のものや、その先端の小さな輪を写実的に彫っている。
 
綱がとぐろを巻くように置いてある様も見事な彫りである。丸いカーブなども自然であるし、その縄目も丁寧に彫っている。
 
鞭も立体感を丁寧に出し、模様も象眼、毛彫りできちんと彫っている。 
 
このように非常に細かく彫ってあるけれど、全体の印象は繊細ではない。後藤家の彫物らしく、鏨(たがね)そのものが太いためなのであろうか。
 
それとも作者である徳乗の人物、そのものが大きく、その人格が作品に出ているのであろうか。
後藤徳乗は、一流の彫金家であると同時に、織田信長、豊臣秀吉に貨幣政策の面で重用された、いわばテクノクラートである。また安土桃山時代の本阿弥家、狩野家と縁戚関係を持つ、当時の文化人である。
 
後藤家の作品紹介の本には、後藤家歴代の肖像画も掲載されているものもある。 この中では後藤徳乗の肖像画はいい。私は、後藤家歴代の中では一番好きである。知性が感じられて、しかも温容の中にも厳しさを持つような、いかにも徳のある人という感じがする。
 
●複雑な彫りの重なり具合である。轡の金具の重なり具合、綱の重なり具合を見ていると、その複雑さに感嘆する。こういう彫りだから、盛り上がっているように思えるが、それほど彫りは高くはない。
 
この縄目を何度かたどってみたが、どのようにとぐろを巻いているのかはよくわからない。厳密な写実ではないのかもしれないが、一つの縄が繋がっている印象を見る人に与える。
 
繋がっているように見えて、厳密には繋がっていないのは、それぞれの模様の下の縄は彫っていないからなのだと思う。だから、立体感があるようでいて、彫りの山が高くないのである。あまりに盛り上がっては、実用に差し支えてしまう。
しかし、各馬具が重なっているように彫る技術はうまいものだと思う。
 
●各馬具のバランスが絶妙である。「動」と「静」とか、「精妙な道具」と「どこにでもある道具」、あるいは「端正」と「乱雑」のような対比が面白い。
 
中央にあるのは端正な感じを与える轡である。轡の菊花紋も見事な精妙な馬具である。しかし、それに付属しているハミ、ミズツキなど(棒状のもの)はバラけて配置している。
 
また精妙な轡の下は、どこにでもある綱である。この綱は乱雑に置かれていて、非常に動的な印象を私に与える。
 
馬櫛などは、この綱の上に、無造作にバランスを崩して置かれている。何の意味もなく無造作という感じである。でも、このバランスが何とも言えない。良い味である。
 
鞭も、投げ出すように置いてある気がする。そして鞭についている紐であるが、右側の鞭の紐は丸く整っているが、左側下部の鞭の紐は下に向いて、左側上部の紐は動きをつけて乱している。
 
このように雑多に彫りながら、対比が面白い。これが「驚き」を我々の眼に感じさせるのだと思う。
 
●色の調和が何とも言えずに良い。銀、金、赤銅(漆黒)がうまい具合に調和している。
 
中央の轡は本来は鉄の素材であろうが、この絵では銀色絵である。
 
その下の綱は本来は藁か、綿か、麻の素材である。これを金色絵。綱という線の物体であるから、隙間が開く。その下には漆黒の赤銅が見えている。
 
右の馬櫛は金色絵である。本来の素材は木材であろうか。それとも金属なのであろうか。ただ金色絵がいい。
 
鞭は真っ黒な赤銅である。写した鞭の素材は黒漆を塗った木材であったのであろうか。 鞭の紐は、当然に繊維である。これは金色絵である。
 
本来の馬具の材質は金属、繊維、木材などであるが、彫りでは金、銀、赤銅の3種類の金属だけで質感を表現している。
金、銀を多用しているので、華やかになるところが、轡や綱のように線状のものなので、使用する面積は少なく、全体として、派手は印象はない、ちょうど良い華やかさになっている。
 
なお、それぞれの色絵が手擦れで、剥げたり、落ちていることが、自然の効果を上げているということもある。
3.徳乗の作品

この作品は前述したように、光美が極めている。そして、この作品には次のような極め鏨が彫られている。

私は後藤光美ほどの鑑識眼はないから、光美が先祖の徳乗の作品であると極めた作品に異論はないが、自分なりに鑑してみた。

後藤家の掟を細かく精査するような鑑定家ではなく、単なる鑑賞者の一人であるから、大雑把に考証してみたい。

ちなみに、今は閉鎖されている日本刀刀装具美術館に、後藤乗真作と言われている馬具図の笄があった。各種本にも掲載されている良い出来のものである。ここで使用されているのは金と赤銅である。写実的な図であるが、全体の印象は、この小柄より力強い印象が優っている。

後藤徳乗は、「祐光顕」とか「祐光通」「祐光即」などのように作品を高く評価された代々としては名を連ねていない。作品も徳乗桐が喧伝されるだけで、あまり見ない。

しかし、後藤家十七代の展示会を開催した佐野美術館の案内葉書に使われたのが尾張徳川家伝来の後藤徳乗作の猩々舞図三所物であったように、非常な名品が存在する。

前述したように、後藤徳乗は一介の彫物師ではなく、天下の経済政策に関与するような立場であった為に、作品も少ないのだと思う。インターネットで調べると、1588年に後藤徳乗が作った天正大判が、ある古銭商で1700万円で販売されているのを見つけた。なお徳乗は、1595年には豊臣秀吉から貨幣鋳造を任じられている。江戸幕府になってからも貨幣鋳造を命じられ、手代に後藤姓を与えて、江戸につかわしている。考えてみれば大変な人物である。


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